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モダンガールと大正末期~昭和初期を ひたすら追ひ掛ける淺井カヨです。
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8月31日(日)3/5

さて、本日は「ファンクラブつあー」での
“小樽徒歩すごろく旅行”が開催されました。

        ★

「ファンクラブつあー」が無事終はり、
石川氏、主催者を見送り
手宮線跡地で冩眞展を覗ひた後、
參加者の皆とも別れました。
小樽で再び一人旅に戻りました。
先程まで皆で行動してゐたのに、
いきなり一人に成ると寂しく思へました。
同じ街が少し違つた顏に見えました。

今晩の滯在先である
小樽グランドホテルクラシックに
到着しました。此處は昭和6年に
外國人客專用のホテルとして建てられた
舊越中屋ホテルを、當時の雰圍氣を殘して
改裝したホテルだと聞いてゐました。
小樽には、たくさんの歴史的
建造物のホテルがありますが、
今囘は此處へ泊まりたいと思ひました。

部屋にトランクを置いた後、
夜の小樽運河を一人で歩いたり
舊安田銀行(昭和5年)を改裝して開店した
和食料理屋へ入りました。
新聞社の社屋として使はれた後に、
和食料理屋に成つたさうです。
重厚な建物で、天井が高く廣々として
をりました。
金庫があつたであらう場所が
手洗所に成つてゐて、
大きな扉だけが保存されてゐました。
食後に2階へ登らせて貰ひました。
銀行建築の2階へ上がれる事は
滅多にないので、貴重な經驗でした。
3階へ上がる小さな階段も
ありました、、、。
食事をした後は、
ホテルへ戻つてゆつくり休みました。

純喫茶「光」を知つたのは、
沼田元氣氏著の
「一杯の珈琲を飲むためだけに
行きたくなる札幌・小樽カフェ喫茶店案内」
と、嶽本野ばら氏著の
「カフェー小品集」だつたと思ひます。

北海道から自宅へ戻つた後に、改めて
「カフェー小品集」を讀み直してみたら、
小樽グランドホテルクラシックも作中に
載つてゐて嬉しくなりました。
小説に出てゐた事を
すつかり忘れてゐた事にも
驚きましたが、
小樽で泊まりたいのは此處だと、最初から
決めてをりましたから嬉しい偶然でした。

いつかまた小樽へは
寒い雪の日などに訪れてみたいと思ひます。

9月1日(月)4/5

小樽グランドホテルクラシックの朝食は
ヴァイキング形式でした。
アールデコ樣式の丸窓や内裝に見とれ乍ら
朝食を濟ませました。
お晝近くまで滯在し、トランクに荷物を詰めて
ホテルを後にしました。
 
小樽運河近邊は近代建築も多く
とても魅力的なのですが、
昨日大勢で歩いた事もあつて
南小樽方面へ向かつて歩くことにしました。

一昨日、札幌から小樽へ
バスで向かつた時に國道沿ひに見かけた
骨董屋や古本屋が氣に成つたので、
其処を訪ね乍ら歩く事にしました。
 
古道具屋では、壞れて動かなくなつた
戰前の腕時計と少し壞れた戰前の革トランクを
安價で買ひました。
帝都の高過ぎる骨董屋に比べると
ずつと適切な價格でした。
腕時計は自宅へ戻つた後に、
時計修理屋へ持つていく積りです。
修理代金が何倍かかかるでせうが
直しても自分にとつて
價値のある時計だと思ひ
迷はず贖入しました。
 
古本屋では、
宇野千代、大田黒元雄、
島崎藤村、Maughamの
古本を買ひました。貸本屋もありました。
 
ある骨董屋では、私が店へ入ると
「買取かと思つた。」と、旅の
トランクを見て言つてゐました。
 
そこの店主に、此の邊りか札幌で
良い骨董屋はないか、と尋ねると
札幌の骨董屋に就いて教へて呉れました。
 
近くの住吉神社で參拜をした後、
南小樽近邊から、札幌驛までの
バスで戻り
小錢で錠が下りる櫃
“コインロッカア”に荷物を
預けました。
 
コインロッカアには
2種類あつて、鍵式が400圓、
機械音聲が聞えて、番號を押すと
扉が開き、“バアコオド”附きの紙が出て、
其れを機械にかざすと、再び扉が開くと云ふ
新式のものが300圓でした。
 
・・・嗚呼。
何故、鍵式の方が高いのだらう、、、と
思ひ乍らも“バアコオド”ではなく
舊式の鍵式コインロッカアへ
革トランク2つを預けました。
 
まるで呪文かの樣に
延々と同じ機械音聲が流れてゐて、
早く其の場を立ち去り度く思ひました。
私は輕い怒りを覺へたのであります。
 
小樽の骨董屋から聞いた札幌の骨董屋は
すすきのから近い三条にあると云ふことでした。
札幌驛からそんなに離れてゐませんでしたが、
一度、札幌の地下鐵道に乘つてみたくなつたので
地下鐵道ですすきのまで向かふことにしました。
 
札幌の地下鐵道は、他の都市とそれ程
變はりませんでした。すすきので降りて、
店への場所がよくわからなくなつたので
觀光案内所のやうな所へ入りました。
親切な店員が、
わざわざインタアネットで調べて呉れたので
すぐに辿り着くことが出來ました。
 
小樽の店主に教へて貰つた店は、
掛け軸、書、現代繪畫など
高價なもの許りだつたので、早々と
外へ出てしまひました。小樽の店主は、
狸小路にも骨董屋があると云つてゐたので
そちらへ行かうと思ひました。
 
外へ出て歩いてゐると、昔乍らの
小さな藥局があつたので
中へ入りました。
私の意見ですが、地元のことは昔乍らの
藥局がよく知つてゐる樣な氣がします。
藥局は記憶力の良い細かな方が多い樣な
氣がするのです。
最近の“ドラッグストアー”では駄目です。
店構へが昔乍らの藥局で
やや寡默さうな、しかし
尋ねればよく話して呉れる
藥局のおぢさんが地元のことを
知つてゐると思ひます。
資生堂の復刻版オイデルミン(N)
を五百圓で贖入した後、
狸小路の行き方に就いて
尋ねました。
店主から近所に面白い骨董屋があるヨ、
と云はれたので
地圖を書いて貰ひ、
其処へ出掛ける事にしました。

暫く歩くと、1950年代頃の若者向けの樣な
雜貨屋があり、藥局に勸められた店ぢや
ないだらう、と思ひつつ中を覗きました。
1950年代では、私には新しいので
其れとは關係のない「硝子浮き」を買ひました。
其処の店主に、大正、昭和初期邊りの骨董屋は
ないかと尋ねると、此の數メートル先に
あるヨ、と云ふことでした。
矢張り、藥局が勸めて呉れた店は
此の先にある樣です。
 
數メートル歩くと、
骨董品の數々が外にも竝べられた
店がありました。中へ入ると
關東、關西の骨董屋とは品揃へも異なつてゐて
面白いなアと思ひました。
見てゐるだけで面白く、
特に持つて歸りたいものはなくて
またもや「硝子浮き」を買ひました。

此處では、状態の良いビクトローラの
卓上式蓄音機が二萬圓で賣られてゐました。
音を聽いてみたいと云ふと
店主は快くSPレコードを掛けて呉れました。
店内に「ボレロ」の輕快な旋律が鳴り響きました。
店主は、女性でSPレコードを集めてゐる人に
初めて會つた、と云ふのでした。
北海道ではあまりSPレコードが
盛んではないのです、と云つてゐました。
 
今日は朝から、次に行く場所を
店主に聞くと云ふこと許りしてゐたので
隣のラーメン屋はおいしいかと
骨董屋の店主に尋ねました。

店主がおいしいと云ふので、
隣のラーメン屋へ入りました。
食事時ではなかつたので、他に
お客さんはゐませんでした。
初めて現地で食べる
札幌みそラーメンであります。
 
觀光地のラーメン屋へは
足が向かなかつたので、
地元の人が來る樣な店に入る事が出來て
良かつたと思ひます。
煙突が繋がつてゐる煖房器具が珍しかつたので
色々尋ね、話が彈みました。
札幌みそラーメンは、豚骨でだしを
とつてゐると云ふことですが
あつさりしてゐて美味しかつたです。
「うちは美味しいけれど、客が來ないのヨ。」
と云つてゐたので、
「ぢやあ、戻つたら私が宣傳しておきますヨ。」
と云ひました。
 
・・・と云ふわけで、此處で宣傳しておきます。
 
◎ラーメンのあじよし◎
札幌市中央區南5条東3丁目
國道36號線沿ひ。おいしい。
 
ラーメン屋を出る時に、
「また、ぜひお越し下さい。」と
云はれました。
また一つ札幌へ來る用事が
出來たやうで嬉しいです。
 
其処から豐平川を渡り、
大きなホテルのロビーで休憩させて
貰ひました。賣店へ行くと、
謎の瓶飮料が賣られてゐるのを
發見致しました。
 
それは、小さな小瓶に入つた
「白樺樹液100パーセント」の清涼飮料水
でした。北海道美深産なのださうです。
瓶には、「早春の約4週間しか採液出來ない
樹液です。」と書かれてゐました。

300圓でしたが、味の想像がつかなかつたので
思はず買つて飮んでみました。

味は、「!!」。

うまく表現出來ませんが、水を木に滲した樣な、
少し甘味のある樣な、これまた不思議な味でした。
 
そこから、すすきのまで歩き、
歡樂街を足早に歩き、札幌驛へと向かひました。
途中でいつの間にか狸小路に
辿り着いて居ました。
三越が創業325年だと云ふことで、デパート
メントストーアのビルヂングの入口に、
暖簾が掛かつてゐて、面白くて
つい中へ入りました。
三越製品の中に、モガ帽と
云へるやうなお釜帽を見つけたので
贖入しました。
元値はわかりませんが、大分安くなつてゐました。
 
新品の帽子を贖入する事は、
殆どないのですが、
三越では、時々モダンガールの帽子を
見つける事が出來るやうです。
 
札幌驛に到着して、驛辨を買ひ
急行「はまなす」に再び乘りました。
青森に到着するのは、早朝で明日は
丸一日移動する事に成ります。
 

9月2日(火)5/5
 
北海道の旅も最終日に成りました。
早朝に青森から出發して、途中で休憩をする事なく
普通列車を乘り繼いで行きました。

自宅の最寄り驛に到着したのは、午後の10時でした。

丸24時間列車に搖られてゐたのですが、
思つてゐた程の疲勞感はありませんでした。
しかし、丸24時間列車に乘つたのも
初めての経験でした。

何が大變だつたかと云へば、エスカレーターは
一切使はず、トランク2つを持つて、階段の上り下りを
した事でせうか。
今回は、「北海道&東北パス」を
利用した5日間の旅でしたが、
いつかまた時間があれば、
新潟からの船旅も面白さうだなア
と思つて居ります。
 
私は、名古屋生まれの名古屋育ちなので
名古屋と札幌のテレビ塔附近は似てゐるなあと
思ひました。
しかし、名古屋テレビ塔附近は
怪しげな彫刻など多いのですが、、、。
札幌に親しみを感じました。
 
今囘の旅では、
「小樽ファンクラブつあー」で
たくさんの方にお世話に成りました。
此の樣な旅を企劃して呉れた主催者に感謝致します。
ありがたうございました。
 
特に收穫だつたのは小樽の近代建築群
です。門司へ出掛けた時よりも衝撃を受けました。

モガ・モボは必ず一度は小樽へ行かなければ
ならないと、此處で斷言しておきます。
 
今囘は、長年の夢であつた
北海道旅行が實現出來て嬉しく思ひます。
百聞は一見にしかず、と云ふ言葉を
思ひ出しました。北海道の空氣感、空の高さ、
印象的な出會ひ、など
家に居てはわからない事を
たくさん感じて經驗する事が出來ました。
 
また北海道へ行きたいなと思ひます。
 
今週末は、岐阜縣大正村にて
「大正浪漫シンポジウム」に參加致します。
11月の大正村文化祭も
近付いて居ります。
 
 
大正村から戻りましたら、
「週刊モガ」も更新したく
思ひます。もう暫くお待ち下さいませ。
 
それでは、ごきげんよう。
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モダンガールのスヽメ
東京府のマボロシ
自己紹介
HN:
  淺井 カヨ
性別:
女性
自己紹介:
日本の大正末期から
昭和初期の
モダンガールと、
同時代を追ひ掛けてゐます。


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平成20年
3月10日より

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