日本モダンガール協會の「週刊モガ」

一般社団法人日本モダンガール協會代表の淺井カヨによる個人ブログ©️KAYO ASAI

第2回「週刊モガ」氷冷藏庫と付き合う

 

 

  

 

          池袋にて 筆者
 
連載第2回「週刊モガ」氷冷藏庫と付き合う

皆樣、こんにちは。
今週の「週刊モガ」です。

當ブログは、コメント欄を作って居りません。
コメント欄を作らないのは、書き手と讀み手の一對一の
關係で進めて行きたいと思ってゐるからです。
文章を書く時は一人一人に語るやうに書きたいと
思って居ります。
御意見を送つて戴いた皆樣、
ありがたうございました。とても嬉しく拝見して居ります。
全部にお返事が出來ませんが、
全てに目を通して居ります。
皆樣からのお言葉を勵みにこれからも
續けていきたいと思って居ります。

夏も盛りのこの頃、いかがお過ごしでせうか。
この季節は飲食店で氷入り飲料を飲む度に、
(何て贅沢なんだらう・・・。)と思ふのです。

と云ふのは、我が家には「電氣冷藏庫」
がないからであります。

夏場に自宅で冷たいジュースや
コール・テーを飲むことは
ありません。ですから、「氷」と云ふものが
とても貴重に思へるのです。

最初から電氣冷藏庫がなかったのではなく、
一人暮らしを機に
一度は所有してをりました。
しかし長年使つて來たその電氣冷藏庫が壞れて
しまったので、新しい電氣冷藏庫を探しました。

冷藏庫がない暮らしが最初は想像出來ず、
あらゆる 所を探しました。
新品の家電量販店、中古品でも良かったので
リサイクル店などでも探しました。
しかしながら、私の求める
冷藏庫は全く見つかりませんでした。
扉がプラスチックの樣なもので
出來てゐたり、色や素材、形に大きな抵抗を感じ
どこでどの冷藏庫を
見ても、何一つとして我が家に置きたいと思ふ
冷藏庫が見つかりませんでした。

 私は、日常品に妥協する事がありません。

「戴いた物」だけは別としても、
自分で手に入れる物は
絶對的に氣に入った物としか暮らせません。

何故かと云ふと、生活を取り卷く全てのものは、
私自身に影響を与へますから
價値を認めたものしか選ばないと
取り決めてゐるからであります。

所持品にしても、行動にしても、
全て自分の意志で選びたいと思って居り
他人からは一見手間がかかつて
不便さうでせうが、
現代で自分自身を守り、
安全に生きる術であると思つて居ります。

そんな中、大正時代に作られた「氷冷藏庫」
出會ってしまったのであります。

(これだ、、、。)初めてそれを知つた時、
私の手は震へて居ました。

氷冷藏庫は、今まで見たどんな
電氣冷藏庫よりも素敵な形でした。
総木製、ハンドルは金属製、
中はブリキ製、電氣は勿論使用されて居ません。
上段が板氷を入れられる樣になっていて、
温度計付きの二段構造になっていました。

博物館では、氷冷藏庫を見て興奮したものです。
當時の廣告を見ては、
溜息が出ました。
それ以來、骨董市や骨董屋で氷冷藏庫を探しました。
しかし、なかなか見つかりませんでした。
インタアネット・オークションには
時々出品されていましたが、インターネットで
骨董品を買ふ氣にはどうしてもなれず、
現物に出會ひたいと思いました。

岐阜縣明智町の「日本大正村」でも、
氷冷藏庫は常設展示されていて
憧れの眼差しで見つめて居たものです。
 
もう私の頭に、
電氣冷藏庫はなくなつてしまひ、
氷冷藏庫を追ひ續ける日々が始まりました。
(ちなみに電氣冷藏庫の歴史は古く、
國内でも昭和初期には試作に成功して
ゐます。然し大變高價だった爲、
普及したのは戰後のことです。
氷冷藏庫のことを考へて居るうちに、
冷藏庫の歴史にも詳しくなってしまった
私であります。)

隨分探し回ったある日のことです。
外にも商品が
たくさん竝べられてゐる近所の古道具店を夜に
自轉車で通りかかりました。
すると、箱らしきものの上に
たくさんの荷物が積まれてゐました。
邊りは暗く、ボーつとそれらを見つめてゐたら、
ハッと氣が付きました。
その箱らしきものは、紛れもなく
昔の氷冷藏庫でした。
高さが70センチ位の、小さな冷藏庫でした。

薄暗闇の中、一人目頭が熱くなりました・・・。
あれほど探した氷冷藏庫が
すぐ近所で見つかつたのであります。

ヒゲの店主が、
「それ最近入ったよ。欲しかつたら取って置くよ」と
言ひ、取り置きして貰ひました。
表面は剥がれていて、状態は
あまり良い物ではありません。
しかし、本當に嬉しい出會ひでした。
もし簡單に見つかつてゐたら、
こんなに大きな喜びはなかったと思ひます。
まづは、ゆつくり時間を掛けて
直さなければなりません。

さて、電氣冷藏庫が見つからなかつた時に、
改めて 冷藏庫は自分にとつて
必要かどうかを一人で考へ直しました。

 私は、昭和初期の「婦人倶樂部」など、
當時の雜誌を參考にして
自炊をしています。ご飯は土鍋で炊き、
炊飯器は持つてをりません。

食べるものから正していかなければ、
私の進むべき素的な女性にはなれません。
ファースト・フードは嚴禁です。
殆どが私の好みで和食です。
しかも、根菜が中心で
あまり凝ったものは作りません。
根菜に冷藏庫は必要ありません。
野菜は地元産のものばかりです。
夏野菜はとても大きく元氣です。

御飯と赤味噌汁、少しの菜があれば充分です。
肉や魚は、その日の分だけ買つて調理をします。
基本的には野菜中心なので、
肉や魚は時々しか買ひません。
一人なので冷藏庫に入れる程たくさんは
必要ないと思っています。
澤庵や漬物なども合はせて戴きます。
 
 この食生活で、電氣冷藏庫が
本當に必要かと考へてみました。
 
更に言へば、牛乳は一切飲みません。
以前は低温殺菌牛乳を飲んでゐたのですが、
どうも牛乳を飲まない方が、湿疹が出ない事に
氣が付きました。乳製品も殆ど取りません。
冷たいビールや
ジュースを飲むよりは、
夏でも生ぬるいお茶を飲む方が身體が樂で
あると感じました。
元々、電子レンジが
ありませんので冷凍食品を買ふこともありません。
ましてや食材を冷凍保存する事もありません・・・。
 
 考へれば考へるほど、私の暮らしには
電氣冷藏庫が必要なかつたのですネ。

電氣冷藏庫があつた頃、
逆に食品を腐らせてしまふことがありました。
それはとても愚かなことです。
冷藏が當たり前になって常温でも保存出來る
保存食の文化が失はれているのは事実です。
さう言つた物にも
目を向けていきたいと思つています。
 
 最初は形から入つた氷冷藏庫でしたが
色々なことを考へさせられました。
殘念ながら、板氷を賣りに來る人が
近所に居ないので
今は貯藏庫に成っていますが、
いつか氷を入れて
使用したいなと思つています。

今日、氷冷藏庫を使ふのは
非常識な事かもしれません。
電氣冷藏庫がないと言へば、
携帯電話を持つていないと言ふこと以上に
驚かれる昨今です。
しかし少し前の日本では、
珍しいことではありませんでした、、、。

私は4号自動式黒電話を引いてゐて、
電話に電氣コードが付いてをりませんので
留守時の待機電力は見事に「0」であります。
留守であれば、全ての電化製品のコンセントを抜けるのです。
それは、
ひょっとしたら今で云ふ「エコ」なのかもしれませんネ。
何度も云ひますが、
それが當たり前の時代があったのです。

現代の冷藏庫を否定したくて
書いてゐるのではなく、
どうしても必要な人が大半でせうから、
それを批判するつもりは全くありません。
では何故今回電氣冷藏庫の話を取り上げたかと云ふと、
電氣冷藏庫との
付き合ひ方、電氣製品との付き合ひ方を
少しでも考へてみて欲しいと言ふ
私の意見を申し上げたかつたからです。

そして、夏の盛りに「氷」
自由に使ふことが出來る贅沢さと云ふ事を、
現代人にもう一度見直して欲しいと
切に思ひます。
 
淺井カヨ
 
それではごきげんよう。
 
㍽㍽㍽㍽㍽㍽㍽㍽㍽㍽㍽㍽㍽㍽㍽㍽㍽㍽
 
中日新聞に掲載されましたので
ご報告致します。
 
●着物にこもる「大正ロマン」 
東京の愛好団体が整理作業●
 
中日新聞 7月24日版
 
中日新聞 Opi-rina(オピ・リーナ) 8月13日版
 
11月に、日本大正村で
イベントの企画をして居ります。

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