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モダンガールと大正末期~昭和初期を ひたすら追ひ掛ける淺井カヨです。
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               青梅にて 筆者

 連載第4回「週刊モガ」不安の時代に生きると云ふこと

皆樣、こんにちは。
毛斷孃の淺井カヨです。
毛斷害有(モダンガール)なぞと云ふ當て字も
當時ありましたが、
そんなことは毛頭ない積りで參ります。
            
             ★

さて、今週の「週刊モガ」を始めます。

今週は「不安」についての話です。

人間關係、經濟的問題、社會情勢、と云ふ樣な
理由の特定出來る不安の話ではありません。

私は10代後半から20代後半までの間に、
急な不安に支配される事が日常的に多くありました。

具體的な理由から來る不安に就いては、
ある程度對応する事が出來ました。
しかし、理由のわからない不安、
何のきざしもなく急に襲つて來る不安には、
どう對處していいのかが
わかりませんでした。
唯々ぢつと 不安がなくなる事を
待つてゐました。
不安がいつ自分に降りかかるのか
わからない状態が續いて居りました。
ひとたび不安に支配されると、身體にも
變調を及ぼし、頭痛、吐き氣、全身の痛み、
たくさんの負のエネルギーが
身體に襲ひ掛かつて來ます。
理由もなく涙が出て止らなくなつたり、
呼吸が苦しくなる事もありました。

その理由の大半が自分でも
全くわかりませんでした。

この種の理由のわからない不安と戰ふ人が、
現代社會には多いのではないかと
私は思つてゐます。

理由がわかる不安には、
何らかの對応をする事が
出來ました。
その問題が解決すれば、
一時的に不安はなくなります。
心療内科へ行つて、少しは樂になつた事も
ありました。現代の藥が束の間の安心を
もたらした事もありました。
しかし、それらは私にとつて單なる一時しのぎであり、
本當の解決には至りませんでした。

20代後半に成つて、精神的にはやや不安定なまま
モダンガールを目指す道へ歩み始めた頃のことです。

(私は、幼少の頃から
大正、昭和初頭のものが好きでした。
この道へ進む一番のきつかけと成つたのは、
岐阜縣明智町の日本大正村と、愛知縣犬山市の
明治村へ幼少に出掛けた事が大きいです。 
13歳で、復刻版のアンティーク風雜貨を買ひ集めたり
部屋には復刻版の古地圖を飾つて居りました。
高校生に成つた頃には、骨董市へ出掛けては
色々なものを見て周つたものです。
その邊りの話は、改めてまた書こうかと思つて居ります。)

現代モダンガールとしての生き方を考へる上で、
時々現はれる理由のわからない不安に
ついて、一度自分なりに
自分自身を「調査」してみようと考へました。

それを思ひ立つてからは、
毎日紙に一日の行動を記してみました。
當時は、自分の行動に對して
一切の制限を持つて居ませんでした。
自宅にテレビがありましたから、
其れも普通につけてゐたと
思ひます。
例へば、一日の記録としては、
滿員列車、職場、コンビニエンス・ストアー、
食堂、大型CDショップ、百円ショップ、
レンタル・ショップ、スーパー・マーケット、○○さんに會ふ、
・・・と云ふ感じで
その日に何處へ出掛けたのか、
何をしたのかを克明に
記録していきました。

そんなことを續けながらも、
理由のわからない不安は
相變はらず、時々襲つて來ました。
行動の他にも、不安が出た日の記録や、
その症状等も
紙に書くやうにしてゐました。

そして、その記録を續けるやうに成つて
數ヵ月後のことです。
何處へ出掛けた時に、
不安に成つてゐるのか
その「法則」がだんだんと
炙り出される樣に成つて來ました。

その頃、テレビは自宅で
一切觀ない事に決めました。
長時間テレビを見てゐると、
精神的に落ち着かなくなる事に
氣が附いたからです。
それから、以前ある友人が指摘してゐましたが
テレビを見てゐると、洋食を食べたくなるのださうです。
私自身も、テレビをやめてから洋食をあまり
食べたいと思はなくなり、今も時々ライスカレーを
食べる位で、自宅では專ら和食專門であります。

さて、その「法則」とは一體何だつたのでせうか。

まづ最初に氣が附いた事から書きます。
「赤」、「黄」、他の原色看板の
店(多くは、チェーン展開であつたり
大型店など)へ入つた日の晩に、
例の不安に陥る日が
多くあつたと云ふことです。

それに氣が附いた時は、
自分でも大變驚きました。
その原色看板は、街の景觀を
著しく破壞してゐる事があり、店員は
マニュアル通りに動いてゐる事が多くありました。
繰り返し感情のない樣な言葉を發して云ふことも
特徴の一つです。
大抵は、個人經營ではなく
都市に暮らしてゐる誰もが
知つてゐる樣な店でした。
實名は舉げませんが、チェーン展開の
小賣店なども含まれます。

そして、それらの店は或る驛前や
繁華街の一等地に固まつて
存在してゐます。大通りを占據してゐる事も多く
交通の便の良い所にありました。

それは一體何を意味してゐるのか
おわかりでせうか。
私は此處に答へを書きませんが、
そのことに就いては、
是非考へて戴きたいと思つて居ります。

原色看板の他には、「毛筆でわざと下手に
書いたやうな字」の看板の店も
舉げられます。
これは大手居酒屋にとても多いのですが、
大抵大型チェーン展開の店であつて、メニューも
冩眞附きの印刷で、何處へ行つても全て
同じメニューではないかと思はれます。

百円ショップに關しては、
小さな店であればまだ大丈夫ですが
大型百円ショップに入ると、
獨特の息苦しさを感じます。
多分この症状は私だけではないと思つてゐます。
そして家に戻つて暫くすると、
妙な不安に陷る確率が
高い事に紙を見て氣が附きました。
ライブハウスで、耳がをかしくなる位の
大音量を聽いた後でも同樣です。

第3回の「週刊モガ」
苦手な物に就いて色々舉げましたが
これは、この最初の「調査」が
終はつた後に續いた事柄です。

さて、何故この樣な話をしてゐるのかを先に説明したい
と思ひます。

現代人にとつて、不安はいつ襲つて來るか
わからない病の一つです。
特に、理由のわからない不安が
突然現はれた時には
病院で藥を貰ふよりも、
一人一人が對處法を見つけて欲しいと
切に願つてゐます。

「私はそんな風には決してならないし、
何處へ行つても全く大丈夫。」と
云ふ人も多くいらつしやると思ひます。

しかし現代は、恐ろしい事に
人を不安にさせる爲の罠があちこちに
仕掛けられてゐます。

一見すると惡意のあるものだとは
わかりにくい構造に成つて來てゐるのです。

理由のわからない不安と云ふのは、
身體の危險信號の一つであると思つてゐます。
不安を通り越して、
病氣と成つて現はれる事もあります。
大丈夫だと云ふ人も、もう一度身體の
状態も含めて考へてみて下さい。

今の状態を作つてゐるのは、一瞬一瞬の
積み重ねからです。
自分の内なる聲に耳を傾ける必要があると
私自身は考へてゐます。

さて、行動記録を紙に書いたり、どんな所へ行つた後に
不安に陷りやすいかを考へ始めて、
その症状が現はれた場所へ
極力行かない樣に成つてから半年位が過ぎた時、
理由のわからない不安に襲はれる事が
非常に少なくなつて來ました。

これは、私の中では非常に大きな出來事でした。

何しろ前述の樣に、10代後半から20代後半まで
理由のわからない不安がどこかに存在してゐた
からです。

今は、自分の行動を
或程度制限していくことによつて
「選べない、自由」を
手に入れる事が出來ました。

「ここへ入るべきではない。
入つてはいけない。」
と云ふ場所が自分にとつてあると云ふ事が、
はつきりとわかるやうに成りました。
何處にでも闇雲に入るべきではありません。

今は、理由のわからない不安に苛まれる事は
殆どありません。
何故かと云ふと、日常生活の中に
大きな理由があつたと云ふ事が
はつきりとわかつたからです。
理由のある不安とは、戦うこともあります。
しかし、理由のわからない不安と戦う方が
私にとっては余程恐ろしいことだと思つて
居ります。

さて、その後は一つ一つを
樂しみながら檢證していくことが
出來る樣に成り、
自分の生活ルールを作つていきました。

これが、第3回に舉げてゐる樣な話です。

私の原動力の全ては、
マイナスから始まつてゐると思ひます。
それは、何かしらの表現をする方も同じではないかと
思つてゐます。マイナスから始まらない表現をしてゐる
方の作品は、私の心を打つた事は一度も
ありません。それは、作品と
對峙した時にすぐわかります。

理由のわかる不安に陷つてゐる方は、
對處方法を考へるのが
必要です。
一度、その問題から距離を
置いてみる事も必要かも
しれません。

しかし、今後の一生の中で
理由のない不安に突然襲はれたときは、
私の話を思ひ出して下さい。

その不安は、日常生活の何でもないと思つてゐた
行動の中から生まれてゐるのかもしれません。

周りに一生懸命合はせようとし過ぎて、
身體が聲のない悲鳴をあげ始めたのかもしれません。

もう一度繰り返しますが、現代社會に於いて
人を不安にさせる爲の罠には
充分に氣をつけて下さい。
それは多くの場合、罠だと
わからない樣に
巧妙に仕掛けられてゐます。

どうか、一人一人の確實な方法で
自分の身を守るやうにして下さい。
その方法は、一人一人異なりますから
それは自分で見つけていく以外に
方法はありません。

不安から、自ら「死」を選ぶことだけは
決してないやうに、願つてゐます。


今週も、一寸重い話になつてしまひました。
モダンガールのファッションや、髮型、
目に見える色々な樂しいお話をする前に
どうしても先に傳へておきたいと云ふ話を
連載の最初に續けてゐます。
どうか、もう少々お附き合ひ下さいませ。

            ★

さて、ここで話は大きく變はりまして、
先日、神奈川縣川崎市の
ショットバーモガへ初めて參りました。

店名が「モガ」ですから、
いつか行つてみたいと
思つてゐた夢が漸く叶ひました。

老舖ではなく、當時風に作られた店には
がつかりする事も多い昨今なのですが
此の店は明らかに違ひました。
照明は薄暗く、
復刻版のモガのポスタアなどが貼られた
店内は、獨特の雰圍氣を釀し出してゐました。

當時の骨董品がズラリと
竝んでゐるわけではありません。
しかし、昭和初頭に通じる空氣を感じました。
店の作りもなかなか良いと思ひます。
かう云ふ經驗が出來る事は滅多にありません。
店主はとても眞面目で眞摯な方でした。

かなり長い間、其処に滯在してゐたのですが
店を出た後、
まるで其処に居た事が
夢だつたかと云ふ樣な
不思議な氣持ちに成りました。

お近くの方は是非お寄り下さいませ。

今年の夏は如何お過ごしでしたか。

季節の變はり目、お身體ご自愛下さいませ。

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自己紹介
HN:
  淺井 カヨ
性別:
女性
自己紹介:
日本の大正末期から
昭和初期の
モダンガールと、
同時代を追ひ掛けてゐます。

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平成20年
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