一般社団法人日本モダンガール協會代表の淺井カヨによる個人ブログ©️KAYO ASAI
古道具店で入手したレコオドを持って。(2月のチェンマイにて。)撮影:H氏
連載第15回「週刊モガ」大正住宅への引越
甲乙の會話。
甲「今時、いつもアノ昔の格好をした人がゐるでせう。」
乙「あ。名前は知らないけれど、見た事がある。」
甲「あの人、格好だけぢやなくて
大正時代の生活を、今やつてゐるらしいヨ。」
乙「ハヽア例へばどんな。」
甲「週刊モガを見たらわかる。」
などと云ふ會話を想像し乍ら、お送り致します。
やつと連載第15回目を迎へました
日本モダンガール協會の
「週刊モガ」、淺井カヨです。
(註釋:よく大正時代と限定して云はれますが、
大正末期から、昭和初頭です。
尤もよく氣持ちが飛ぶのが、昭和4年であります。)
「モー月刊モガにしたらア。」
などと云ふ聲も聞えさうですが、
止めずに發信を續ける事が重要だと
思つて居ります。
チェンマイ旅行から戻りまして、
2日後に帝都へ引越致しました。2年振りです。
我ながら滅茶苦茶な豫定でしたが
旅行前に大方の荷物を纏めて有りましたので、
何とか無事に引越は終はりました。
今回は、引越から
新居に就いてのお話を致しませう。
引越前日までに、近所へ
挨拶に出掛けました。
約2年間暮らした此の町も、
住民として訪れるのは
此れで最後です。
時々通つた古道具店にも
引越前夜、挨拶に伺ひました。
以前、愛人料だと言つて、私に
5圓15錢を渡して來た店主の所です。
(第11回「週刊モガ」參照。)
來年還暦の店主は、
私の顏を見るや大聲でかう云ひました。
店主「暫く來ないから、
新しい彼氏が出來たかと思つて、
心配しちやつたよ!」
カヨ 「一寸、旅行へ出掛けてゐたのです。」
店主 「婚前旅行?」
そんなわけで、馴染みの店主には
引越しの旨を傳へました。
今までにも散々からかはれ續けましたが、
同時に良い物を一等先に
時々、信じられない價格で
讓つて呉れました。
何しろ値段は殆どこちらへ聞くのです。
柱時計、SP盤、蓄音機、扇風機、
タイプライタア、古皿、火鉢、掛軸、、、
此處で出會へた物は
數え上げたらきりが有りません。
最後に、霧島昇、古賀政男、高峰三枝子、
の署名を附けて呉れました。
コロンビアの印刷色紙ですけれど
嬉しかつたです。
絶對に見てゐないでせうが、
約2年間、有難うございました。
いざ別れと成ると、一寸寂しいものです。
然し時々面白い物が出るので、偶には
顏を出すかもしれないなア、、、。
扨て、引越し當日の朝。
二人の若き好青年が
我家へやつて來ました。
宣傳費に莫大な資金を
掛けてゐるやうな
大手の引越業者は避けました。
2年前の引越しで
小さい乍ら、好印象の業者を
見つけたので、
今回もまた其処へお願ひしました。
二人の青年のうち、
不思議な髮の色をした一人は私の荷物を見て、
實は古い物が好きなのです、と云ひました。
今時の青年に見えましたので、
一寸意外でありました。
部屋には殆ど古い物しかないので、
一つ一つに興味を示してゐるやうで、時々
此れは何なのか、と嬉々として尋ねられました。
寡默に作業してゐたもう一人の青年も、
氷冷藏庫を見ると、「此れ冷藏庫ですか!?」と
目を輝かせて尋ねて來たので、嬉しく思ひました。
其れを聞いてゐた不思議な髮の色をした青年も、
「博物館でしか見た事ない!!
デジカメ持つて來れば良かつた!!」などと
云つてをりました。
極め附けに、「此處は博物館ですか?」と、、、。
古物に興味を持つ若者が
だんだん増えてゐるのでは
ないのかなアと思ひました。
新しいものとして目に映つてゐるのは、
私と同じではないかなと思ひます。
そして新居へと話は進みます。
大正十年に建立し、
戰災を逃れ、其の後増改築を
繰り返したと云ふ和洋折衷の
謎の洋館の一室を借りました。私が
借りた部屋は、マントルピース附きの
二階の洋室で、大きな書齋机に
大理石附きの鏡臺、
幾つかの戰前家具が附いて居ります。
書齋机には、タイプライタアと讀書燈、
4號自動式電話などを置きました。
部屋に取り附けられてゐた螢光燈を
持參した花形の裝飾電燈(シャンデリヤ)に變へ
カアテンを亞米利加の老舗ホテル
でその昔、使用されてゐた物に取り替へました。
洋間で暮らすのは實に7年振りで、
ずつと疉の上で暮らしてゐましたので、
すぐに疉が戀しくなる事でせう。
今後は、卓袱臺や脇息を使はなくなるので
をかしな感じです。
マントルピースには
現代のガス・ストーブが置かれてゐました。
其れがあまりにも不似合ひでしたので、
即刻、部屋から出してしまひました。
勿論、煖房器具が無くなれば
寒いです。然し、美意識に合はない物を
生活に取り入れたら、私は
卒倒するかもしれません。其の方が
身體に良くないと云ふ譯です。
近所の古道具屋を通りかゝりましたら、丁度
戰前の瓦斯ストオブが賣られて居りました。
配送料込みの二千圓で、
迷はず贖入致しました。
壞れてゐて使用は出來ませんが、
マントルピースに置いて、蝋燭を立てたら
素晴らしい趣に成り、大變滿足致して居ります。
壞れた二千圓のストオブは、好きでなければ
何の價値もない物でせう。
然し、私の生活には絶對に必要な物です。
窓邊には、何と云ふ事か、小型ですが
エア・コンディショナー
(私の復刻辭書には有りません。)
なるものが、設置されて居ります。
窓枠の業者が近い内に來るさうなので
取り外して戴くことに成るでせう。
大正住宅の自室に現代のエア・コン、許すまじ!
然し、一度だけ過去に現代の
エア・コンに手を染めた事があります。
(犯罪ぢやあるまい、、、。)
其れは、或る猛暑の夏のこと。
一軒家に住んでゐた私は、
疉から直にやつてくる熱に
耐へられませんでした。
極近所で、部屋の中に居ながら
熱中症で亡くなられた
方のニュースを知り、
此れは命の危險だと思ひ、
エア・コンと云ふ現代製品に
魔手を伸ばしたのであります。
エア・コンは慥かに涼しかつた、、、。
此の頃のエア・コンは省エネルギーで
電氣代も10年前の半額だと云ふ事でした。
然し、猛暑の時だけでなく
ほんの少し暑いなと感じただけでも、
スイッチをつけるやうに成つてしまひました。
此れは、如何なものかと考へあぐね、
何か大切なものが精神から、皮膚から
失はれて行く樣な奇妙な感覺を憶えました。
隣家に時々戻ると云ふ御子息が、
あの家の人、そんなに生活に凝つてゐるのに
室外機が設置してあるぞ、と云つてゐたと聞き
其れが決定打と成りました。
中古品買取業者に電話をして、
現代のエア・コンなるものは
永久に我が生活から撤廢したのであります。
因に、誰かの家へ出掛けて現代の
エア・コンが附いてゐれば
「涼しいなア。」と單純に思ふでせう。
上記はあくまで、私の生活での話です。
「これは大正にないから消せ!」
何て絶對に云ひませんので、周りの方々は
御心配なき樣にお願ひ申上げます。
扨て、新居の話に戻りませう。
化粧室の扉に附いてゐる
小さな取手が、當時の
硝子製で有りまして
未だに現役で使用されてゐる事に
驚きました。まるで
時間が止まつてゐたかのやうです。
階段の手摺も當時のまゝで、
壁に飾られた小さなシャンデリヤは、
宛ら古き良き名曲喫茶のやうです。
階下へ降りると、応接間が有ります。
其処には、戰前のピヤノ(獨逸製)が
置かれてゐます。傍らには
大正か昭和初頭に作られた
大きな金庫が鎭坐して居りますが
開け方は
館の誰にもわからないのださうです。
ただ、館の飼ひ猫が其の上でぢつと
丸くなつて眠つて居るだけです。
臺所と浴室部分は尤も
戰前の感じが殘つてゐて、
當時のタイルも
配電盤も其のままです。
長い人生の中の一つの
通過地點として、
此の經驗は面白いなと思ひます。
引越翌日には、
電話工事人がやつて來ました。
「今時珍しいですネ。
電電公社のマアク附きでせう。
此れが緑のはあんまりないですね。」
そして、電話工事人は
會社へ何やら電話を掛けて、
「もしもし、4卓なんですよ。
テストして下さい。」と云つてゐました。
(4號式自動卓上電話機の略か?)
電話が無事に繋がると、電話工事人は
「4卓、こんなにはつきり聽こえるんだ。
いいなア。
最近の電話は、皆同じものが
多くて面白くないですよね。」
などと引越業者の二人のやうに、
古物に大層好意的で有りました。
其れにしても、此処は便利な街です。
深夜まで營業してゐる
古書店、喫茶店、錢湯、など
夜の散歩にも事缺きません。
骨董屋が多い事も魅力です。
先日は古道具屋にて、
高峰三枝子、山口淑子、
上原謙、灰田勝彦らの
ブロマイドを見つけたので
入手致しました。
今の有名人の顏は
よくわかりませんが、
當時の方が
わかる私は、
まるで年齢不詳であります。
當面は近所の錢湯、骨董屋
古書店の全制覇を
目指し度いと思ひます。
因に、徒歩1分の所に住む
友人と先日錢湯で偶然お會ひしまして
其の後夕餉を御一緒致しました。
今までは、23時位に成るとS縣S市への
最終電車を氣にしてゐたものですが
0時に驛に居ても、
歩いて歸れるなんて夢のやうです。
S縣S市での、約2年間の
生活を經驗した上なので
今の便利さが身に沁みて
わかります。
若し最初から此處に引越してゐたら、
そんなに有難みが無かつただらうなと
思ひます。
そんなわけで、引越しから新居への
お話を今回は中心に纏めました。
扨て最後に、最近のお話で締めませう。
深夜2時半頃、黒電話が
けたたましく鳴りました。
こんな夜更けに誰だらう、と思ふと
久しく會つてゐない友人からでした。
寢てゐた所を起こされたので、
ぼんやり聞いてゐたのですが
何やら、先日見たサアカスが
よつぽど面白かつたやうで、
サアカスへ行かう、と
サアカスの魅力に就いて
友人は多面的に淡々と
眞面目に語り始めたのであります。
深夜の2時半に、サアカスに誘ふのだから
よつぽどお薦めなのだらうと
サアカスへ一緒に行くことに決めました。
其の後、友人は
貴方自身が想像する
サアカスと云ふ恰好で來て欲しい、と言ふ
謎のメエルを送つて來ました。
その友人は熊の格好を自作して着て行くのだと言ふ、、、。
そ、そんなにサアカスに魅入られたのか!?
結局私は、モガのロングスカアト、調教師風で
參りました。流石に鞭は持つてゐませんでしたけれど、、、。
其処には、急に呼ばれた久し振りの友人らと
初めてお會ひする方がいらつしやいました。
一座は、1880年から歴史が有ると云ふ
露西亞の老舖ニクーリンサアカスだと云ふことでした。
最初に19世紀らしき貴婦人、紳士が優雅に
歩いてゐる中で、セエラア・カラーの男の子が走りながら
サアカスが來た!とはしやいでゐる場面が有り、
一寸だけ胸が熱くなりました。
そんなわけで昨日、もの凄く久し振りにサアカスを見ました。
幼少の頃サアカスが好きだつた事を
想ひ出しました。
何かに徹底的に
眞摯に向き合へる友人と言ふのは
私にとつて寶物です。
生きてゐるうちに
なるべく澤山の人と出會ひ、交流したいと
思ひます。歳を重ねると、附き合ひも縮小されて
行くのかもしれませんが、今の私には
出會ひの中から學ぶべきことが非常に多いと考へて居ります。
今回は、新しい生活と3月のお薦めに就いてを中心に
お話致しました。其れでは、また近い内にお目にかゝりませう。左樣なら。
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