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モダンガールと大正末期~昭和初期を ひたすら追ひ掛ける淺井カヨです。
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チェンマイにて筆者

連載第7回「週刊モガ」 価値と美を見拔くこと
 
すつかり秋ですネ。いかがお過ごしでせうか。
今週の「週刊モガ」を始めます。
またしても火曜日に間に合はず、
今週は水曜日の更新です。淺井スイヨ。
淺井ッスヨ、、、?嗚呼。

秋は、バザアの季節です。
福祉施設や教會など、
各地でバザアが開かれます。

品物は近所の方が
營利目的ではなく持ち寄つたものが
多く出品されます。
其の情報は、地元だけの情報誌に
小さく掲載されてゐたり、
町の電柱に貼られてゐたり、
町役場や市役所に 散らしが置かれてゐる
程度なので、インタアネットで
情報を收集する事は難しいでせう。
 
此の種のバザアには良いものがある可能性が非常に
高いので、自力で探し出して出掛ける事を
お薦め致します。都心よりも、郊外や地方都市で
多く開催されてゐると思ひます。
殆どが不用品の類ですが、中にはおばあちやんが昔
使つてゐた物や洋服など、モガにとつて良いものが
出る事があります。おばあちやんの
孫に成つた積りで其の物を受け繼ぎませう。

賣上金が其のまま福祉に回される所を選びませう。
大量の品物が出されるので、品物を探す人は
目利きに成らなければなりません。

安いからと大量に買ひ過ぎる事だけは
避けて下さい。

何となく入手してしまふと結局
使はない事に成つてしまひます。
本當に素的なものだけを
冷静に選んで入手しませう。
何もなければ、無理して買はないで
其の場を速やかに立ち去ることです。

掘り出し物を見つけ出すには、
普段から本物に接してゐる必要が
あります。
例へば、漆製のお椀とプラスチックの
お椀では感觸が全く違ひます。
常に觸れてゐないと
わからないかもしれません。

洋服の素材も、絹か化学繊維か
見分ける必要があります。
其れから、物の値段を自分で決められる事も
必要です。自分で考へる價値と、値札には
大きなズレがない事です。
物の良し惡しにブランド名は關係ありません。
物を観ないで、ブランド名だけに
固執するのなら、其のイメエジに
お金を出してゐる事に過ぎません。
私は其れを否定する積りはありませんが、
良いものを見る目だけは、養はなければ
ならないと思つてゐます。

好きな暮らしにはお金がかかる、と云ふのは
間違ひです。
上記のバザアの話もさうですが、
幾らでも方法があります。

ただ、自戒も込めて言ひますが
どんなに素的な物が安く手に入つたとしても
「此れは○○圓で買つたの。」などとは決して
云はないで下さい。
ついつい言ひ度くなつてしまふ
所ですが、其れを云ふことによつて
ミステリアスでも幻想的でもなく、
單なる生活感のある女に成つてしまひます。
其れから、「幾らだつた?」と聞かれても
答へないで下さい。人の持ち物の値段を
興味本位で聞くなんて、
あまり尊敬出來る行爲 とは云へません。
「さうねえ、1圓ネ。」
などと答へておけば宜しい。

私は、いつも小さなハンドバックで
行動して居ります。旅行以外で大きな
鞄を持ち歩き度くないのですが、買ひ物をすれば
どうしても荷物が増えてしまひます。
 
ハンドバックと紙袋を持つと云ふ方法もありますが、
どうしてもしつくり來ませんでした。紙袋は
長持ちしないので頻繁に
變へなければなりません。
其処で考へたのが風呂敷です。
ハンドバックには、風呂敷を忍ばせて
出掛けて居るのです。
普段の一寸したおつかひには、此れ程
便利なものはありません。何しろ大きさも
荷物によつて、自由自在です。
私のお薦めは、丹後ちりめんの日本製
正絹風呂敷です。手觸りが良く、丈夫で
使ひやすく、使ふほどに愛着が湧きます。
よくレーヨンなどで、ちりめん風の風呂敷が賣られてゐますが
使つてみると使ひ心地に可也の差がある事がわかります。
長い間使へますので、ポリエステル製の買ひ物
袋を持つよりもずつと有意義な買ひ物に
なると思ひます。是非、風呂敷を見直して下さい。

話は唐突に、枕に變はります。
そろそろ枕を變へようと思ひ、近所の米屋で
そば殼を贖入しました。私はそば殼の枕を
愛用して居ります。 枕は袋状ではなく、
左右の端を絞って、縫い付けた物を使ひます。
此の米屋では、地元産のそば粉から作られた
そばを賣つて居りまして、
時々そば殼も賣られてゐます。
私は此處へ地粉の饂飩やそば、そして
勿論米も買ひに行きます。
澤山のそば殼を買つたので、枕が2つ位は
作れさうです。値段は300圓でした。

翌日、久し振りにデパートメント・ストーアへ
出掛けました。何となく布團賣場を
歩いてゐたら、枕コーナーがありました。
色々な素材の枕が賣られてゐて
其の中に、「そば殼100パーセント。高さ調節も
出來ます。8700圓。」の文字が踊つて居りました。ケッ。

あ、單なる生活感のある女に成つてしまひました・・・。

然し乍ら、物の値段を見拔く力を持て、と云ふことで
例として出させて戴きました。

近所に非常に面白い古道具屋がありまして、
(氷冷藏庫を入手した店なのですが)
此の店には、高價な物を除いて
殆ど値段が附いてゐません。
其処で、「これ、幾らでせうか。」
と聞くと、店主は決まつて
「淺井さんが決めていいョ。」と
具體的な金額は一切云はないのです。

其処で私は幾らか必死に考へるわけですが、
此の買ひ物方法はなかなか面白いなと
思つてゐます。自分で
決めるからと言つて、極端に安い金額を
云ふわけではありません。然し、なかなか
勉強に成ります。是非、金額を
見聞きする前に、此れは幾らか、
と云ふことを 自分の頭で考へる習慣を
附けると良いと思ひます。

扨て、生活を始めるにあたつて
まづ重要なのは、住空間です。自分の個室が
ない方でも、一角に自分の空間があれば良いと思ひます。
廣さは全く關係ありません。幾ら廣くても、
それを生かせなければ意味がないからです。
まづ、自分の空間を
作る必要があります。
一人暮らしの方は、
全ての空間を自分のものに
しなければなりません。
其の空間が、其のまま個人の持つ
雰圍氣と成ります。

いらない物が溢れ却つてゐる生活は、
大正時代では有り得ません。
其れは戰後、特に昭和中期から
後期以降の日本の姿です。

住空間も中途半端では濟まされません。

整理は絶對に必要です。物と物が
主の意志にではない所でごちやごちやに
なつてゐると云ふのは、物と物が戰つてゐる状態だと云ふことです。
自分自身が外で戰はなければいけない時に、
家の中まで戰ひを見せられる状況は絶對に避けませう。
美しい生活を目指さなければ、モガとは云へません。

自分の價値觀で、美しいと思へないものは
生活から排する事、此れが基本です。

正し、美の基準は自分で決めなければなりません。
 
基準を決めていくには、ありと
あらゆる物を觀たり、觸れたりする必要が
あります。其れは怠らないやうに、日々續けて下さい。
 
しかし、混沌とした部屋であっても、その一つ一つが
選ばれた物で、そこに自分なりの秩序が見出せるのなら
それも一つの道であると思ひます。
世の中で美しいと云はれてゐる物が、その人にとつて
美しいとは限らないからです。

私は一人暮らしだと云ふのに、
硝子コップが60個以上あります。
高價な物はありません。その他の
硝子製品も全て合はせたら結構な數です。
此れは、硝子の美に魅せられてゐるからであります。
硝子は食器棚に整理して飾つて居ります。
澤山あつても、毎日使つてゐる
ものは1~2個に過ぎません。
然し、硝子を見てゐると
氣持ちが和み、ホッとするので充分に用を果たして
居ります。
部屋には、巨大な硝子の“浮き”や
大きな瓶が置かれてゐます。此れを美しいと
思はない人にとつては、單なる邪魔物に過ぎないと
思ひます。混沌とした世界に見えることでせう。
然し、私の生活には其れらが
必要なのです。

私の考へる美は、單なるお上品さでは
ありません。下品だと云はれるものにも品があつたり、
上品だと云はれるものに全く品がなかつたりする事は
多々有ります。其れは、各自がお氣附きのことかと
思ひます。上品と下品は表裏一體です。

時間をかけて、自分なりに美しい部屋に成つたら
注意して戴き度い事があります。

其れは、收納庫や押入れの中身に就いてです。

部屋が美しくても、收納庫や押入れの中に
亂雜に物が詰め込まれてゐたら全く意味がありません。
見えない所にこそ氣を遣ふべきで、
部屋に神經を使ふのと同じ位に、收納の内部にも神經を
尖らせて下さい。私は、押入れの中には、
ハットケース、茶箱、柳ごおり、明治時代の
木箱、唐草模樣の風呂敷包みなどを入れて居ります。

引き出しや、小箱の中も同樣です。生活を取り卷く
“全て”が美しくならなければ、モガとして完璧に成りません。
見えない所だからこそ、大切です。

中途半端な物は、生活から追ひやります。なるべくなら
ゴミにしない樣に、欲しい方へ讓るなり、
バザアやセカンドハンドなどへ出すことです。
幾らでも代はりがきく樣な、自分にとつて長年使ふこともないと
云ふ物を敢へて買ふことは薦められません。
日常品のハアドルを高めれば、安易な買ひ物は
一切なくなります。日常生活で使用する物で、
1年以内に捨ててしまつても惜しくない、
全く氣に成らない、と言ふのであれば、
物や人に對して、感謝の念など生まれる筈もありません。

各自が本當に惹かれるものには、その數だけ美が
存在します。其れは、古びたぬいぐるみやどこにでも
あるラムネの瓶なのかもしれません。人それぞれ
ですから、私にはわかりません。
日常生活に美を見つける事は、
道を究める事にも有效な手段と成ります。
 
今週は、物の値段、住空間、美を
中心にお送りしました。

昨夜は久し振りに、一人で夜の食事へ行きました。
食事が終はると店員の兄さんは

「ご滿足戴けましたか!」
「美味しかつたですか!?」
「お客樣、食が細さうでペロリと食べましたね!」
などと、口々に云ふので
「ハア。」と云ふしかなかつたのであります。

其れから自轉車に乘つてゐたら喉が渇いたので、
偶には某大手ファミリヰレストランへ
一人で入つて、“ドリンク・バア”でも注文してみようか!と思ひ、
ふらりと中へ入つてしまひました。
さうしたら、店内に何とも云へない異臭を感じ、
「忘れ物をしました!!」と、店員に告げ約5秒で
店を後にしてしまひました。店員には惡いな、と
思ひましたが自分の身を守る爲に
仕方がありませんでした。

店は混雜してゐて、恐らく私だけが感じた事
に過ぎないでせう。然し、あのファミリヰレストランの
獨特の空氣(全ての店がと云ふわけでは決してありません。)
にやられた私は、矢張り一人で入る事は
金輪際辭めようと思つたのでありました。

偶に外へ出て「パンが食べたいな。」と思ふこともあります。

普通ならば、コンビニエンス・ストーアへ入つて
菓子パンを買ふのでせうが、私に其れは出來ません。
ではどうするか、おわかりでせうか?

そんな時、私はコンビニエンス・ストーアではなく
病院へ行くのです。

緊急事態でもない限り、醫者に觀て貰ふことは
決してない私ですが、パンが食べ度くなつたら
病院へ行きます。
賣店へ行き、地元で作られた
パンを買ふのであります。
何故か其の病院には、
地元の手作りパンが賣られてゐるのです。
私にとって、病院はパン屋だと云ふことです。

病院の賣店には、時々面白いものが
賣られてゐる事がありますので
時間があれば、覗いてみて下さい。
然し、有名コンビニエンス・ストーアが入つてゐる
樣な大病院ではいけません。
小さな個人商店が入つてゐる位の規模の
総合病院が好ましいと思ひます。
 
そんな所で、そろそろ終はりにしたいと思ひます。
今月も忙しい月になりさうです。
それでは、ごきげんよう。
 
 (日本モダンガール協會・淺井カヨ)
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モダンガールのスヽメ
東京府のマボロシ
自己紹介
HN:
  淺井 カヨ
性別:
女性
自己紹介:
日本の大正末期から
昭和初期の
モダンガールと、
同時代を追ひ掛けてゐます。


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してゐます。
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平成20年
3月10日より

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