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モダンガールと大正末期~昭和初期を ひたすら追ひ掛ける淺井カヨです。
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日光への旅【前篇】御話は電波塔から唐突に始まる 

こんにちは。御機嫌如何でせうか。
日本モダンガール協會淺井カヨです。

今回は、夏休み企劃第一彈
旅日記【前後篇】と致しまして、
先日訪れました日光に就いての
御話を認めたいと思ひます。

御話は、7月某日の淺草から始まります。

淺草へ行く機會は多いのですが、其の日も
仕事後に淺草にて或る用件を濟ませ、
驛前の神谷バー前邊りを一人で歩いてゐました。
午後10時頃の事です。

淺草は何度訪れても、氣分が昂揚するやうな
不思議な心地良い氣分にさせて呉れます。
此の感じは一體何處からやつて來るのでせう。

老舖の神谷バー前から、地下鐵道への階段を降りて
いつもの樣に歸路に就く積りが、餘りに夜風が
心地良い晩だつたので
隅田川にかかる大きな吾妻橋を
歩いて渡つてみたくなりました。

帽子が飛ばされない樣に時折手で押し乍ら、
暗い大きな川の流れと遠くの夜景を見てゐたら、
更に氣分が良くなつて、橋を渡り終へても
淺草へ戻る事なく約500メートル先の
本所吾妻橋驛へと向かつたのでした。

本所吾妻橋驛へ到着すると、
「東京スカイツリー」なる建設中の
眞新しい電波塔が目前に見えてきたのでした。

急に此の電波塔の眞下から塔を見上げて
みたくなり、地圖も持たず建設中の塔へと
一歩一歩近附いて行つたのでありました。

高い塔や高層建築が目前に見えてしまふと、
近附いてみたくなると云ふをかしな習性が私にはあります。
「東京タワー」の近くを偶然歩いてゐて、
意味無く塔へ近附いて行つた事が何度あつたか
わかりません。また、赤坂邊りを歩けば特に用もなく
「六本木ヒルズ」の高層建築へ近附いたり、
新宿を歩けば都廳へ近附き、池袋へ行けば
「サンシャイン60」へと向かつてしまひます。

隙あらば、其の高層建築に登らうとさへ致します。

全く油斷がなりません。

そんな譯で暫く歩いて、電波塔の眞下へと到着致しました。

 

平成22年7月現在の高さは、398メートルなのださうです。
無機質である筈の塔に對して、「育つています」と云ふ表現が
矢鱈と街中に目立ち、其処に魂が宿つてゐるかの樣に示すのは
如何にも日本的だなアなどと考へて居りました。

此れが634メートルまで伸びると云ふのですから、
途方もない事のやうに思へてきましたが事實のやうです。
建設中の電波塔の中は恐らくまだ空洞でせうが、
點滅する赤い光を放つ電波塔は、
何か怪しい基地のやうな、をかしな氣分にさせるのでした。
其の最新式の塔を、私はただ阿呆のやうに
ぢつと眞下から見上げて居たのでありました。

思へば、古物に圍まれて生きてゐる私が
餘りにも新し過ぎる此の塔を見過ぎた爲に、
其の後の行動が狂つてしまつたと云つても
過言ではない事でせう。

暫く電波塔を見上げた後に、
最寄驛の東武伊勢崎線の業平橋驛へ
向かひました。恐らく初めて利用する驛だと思ひます。
驛のすぐ近くに深夜まで營業してゐる古本屋があつて、
中へ入りました。急に出掛けた街で古本屋を見つけた
時ほど嬉しい事は有りません。
此處で私は、大正時代に就いて
書かれた圖録と、昭和36年發行の
「これは便利だ あなたの知恵が倍になる」
云ふ何かの雜誌の別册附録を意味なく贖入したのでした。

業平橋驛から淺草驛までは、ものの3分で到着致します。
此のまま杉並區の自宅へ戻れば、
問題もなく普通に到着出來るでせう。

時刻は午後11時でした。
11時10分には、淺草行きの列車が到着します。

然し、私は淺草驛へは向かはず
11時05分發の館林(たてばやし)行きに
乘つてみたいと云ふ衝動が湧き起こりました。


館林と云へど其処が何處なのか、よくわかりません。
何故、急に反對線の列車に飛び乘つてしまつたのでせう。

其れはもう何年も前から出掛けたいと思つてゐた
栃木縣日光市の日光東照宮へ突然
出掛けたくなつたからなのでした。私はまだ
一度も日光へ出掛けた事がなかつたのです。
夏の旅が唐突に始まつてしまひました。幸ひ
明日は仕事が休みなので安心でした。

生前の母が、「日光へ行つてないの!?」と
何度も云つてゐた事が印象に殘つてゐて、
いつか日光へ出掛けてみたい事よなアと
漠然と思つて居りました。
母は父と一緒に一度日光へ訪れたやうですが、
其れが餘程面白かつたのか日光へ行くと良い、と何度となく
日光の話を私にしてゐたのでした。

然し其れとは反對に、數年前或る方が
「日光へは行かない方が良い。靈的な
ものが強すぎて、敏感な人は恐ろしい目に遭ふから。」と
忌々しいやうな、引きつつたやうな顏で云つてゐたのでした。

そんな聲もちらりと思ひ出しましたが、
日光に何かがあるらしいのは慥かであります。

然し、今晩中に日光へ辿り着くことはまづ出來ないでせう。
此のまま進めば何處かで一夜を明かさなければなりません。
一體、私は何處へ向かつてゐるのでせう。

途中で、東武伊勢崎線は都區内の北千住驛を通りました。
此處で降りたら、まだ終電には間に合ふでせう。

然し、一向に降りようとしない私でした。
旅の夜風に吹かれたせいなのか一寸どうかして居ります。
東武伊勢崎線車内は、仕事歸りらしい人々で大變込み合つて
居りました。此れから何處へ辿り着くのさへわからない自分が
異邦人のやうに思へてきて、少々をかしな感覺でした。

東武線車内にて、先ほど贖入した昭和36年發行の
「これは便利だ あなたの知恵が倍になる」と云ふ本をパラパラと
捲り始めました。(斜文字、以下抜粋)
 【エチケットのいろいろ】

△ゲンメツ・スタイル△

みがかない歯
どぎつい化粧
ポマードピカピカの頭
線のまがった婦人の靴下
スカートの下から見えるスリップ
よごれたカラー
曲ったネクタイ
折り目のないズボン
とれかかったボタン
はずれたホック
半分ひらいたファスナー


線のまがった婦人の靴下、に時代を感じました。
確かにそれはエチケットに反する事でせう。

【恋愛とデイトの心得】

電話と手紙のプラス・マイナス
ー「モシモシ」か「拝啓」かー

ラブレターという言葉がすたれ、
ラブ電話(フォーン)という新造語が流行しはじめた
この頃だが、異性に意志を伝える通信手段として、
電話と手紙とは、車の両輪の関係。どちらがよいと
断定はできかねるがケース・バイ・ケースで使い分ければ、
どちらもその場の状況に応じて、それ相当の威力を発揮する。


・・・・・・云々かんぬん。

昭和36年にラブ電話(フォーン)と云ふ新造語が
流行してゐたとは知りませんでした。他の項も
何となくパラパラと捲つて居りました。

知恵が倍に成つたかどうかは至極あやしい話であります。

列車の反對側の坐席には、何故かわかりませんが
ボロボロに成つたジャカルタの地圖が
置かれてゐました。現地で配つてゐる無料地圖の類でせうが
旅人の忘れ物なのか、印度尼西亞人が乘つてゐたのか、
一體何なのか、知る由も有りません。

車内では、奇怪な出來事が起こりました。

小さな革トランクを横にして膝の上に乘せて、ぼんやりと
次々と流れ去る車窓の見知らぬ夜景を眺めて居りましたら
隣に坐つて來た背廣姿の中年男が、突然私の

革トランクの上に無言で1圓玉を投げ入れて來たのでした。

其の中年男の餘りにも素早い行動(1圓玉の投げ入れ方)と
シュールな動きに、目が點に成つたのですが
どうやら自分が坐らうとした坐席に1圓玉が落ちてゐて、私が
落としたのと勘違ひしたのだらうと云ふ事がわかりました。

であるならば、一言聲を掛けて呉れたら分かりやすいのですが
無言で一圓玉を投げ入れる位、疲勞を感じてゐたのでせうか。
一體、どんな日常生活を送つてゐると此の樣な行動に至るのか
私の興味はつきないのでした。

東武日光へ向かふ爲に、東武動物公園驛で乘換をしました。
路線圖によりますと館林へ向かつてしまふと、
東武日光へは辿り着けません。

そして其處からは、南栗橋驛行きの最終列車が出て居りました。
もう後には引き返せません。今夜は、南栗橋驛で
一夜を明かし、明朝いざ日光へと進むことに決めました。
 

 ←もう引き返せないワの圖

果たして南栗橋驛に到着したのは深夜0時を過ぎてをりました。
淺草驛を出て既に2時間程が經過して居りました。
本來ならば、自宅へ戻つてゐる筈でしたが
「東京スカイツリー」なる最新式の電波塔を見てから、
何かが始つたのかもしれません。
人生と云ふものは、何が起こるのかわからないものです。

←初めての南栗橋驛

南栗橋驛で、下車すると上下線共に
始發まで列車が有りません。とり敢へず、驛で新聞紙を
確保致しました。
下手をすると野宿も有り得ます。
此の日もドレスを着てゐたので
出來れば屋根のある所で一夜を明かしたいと思ひました。
然し、驛前は眞つ暗で宿泊施設のやうな燈りは全く見當たりません。
驛前の明るい街燈の下にはベンチが有りました。
野宿候補地、其の1であります。

近所に病院があつたので、病院の敷地へ入つてみました。
病院の扉は閉まつて居りましたが、
其處にもベンチが澤山置かれてゐました。
候補地、其の2であります。然し、此處で朝まで過ごすのも
かつたるいなアと思ひ乍ら、驛を背にして
再び歩きました。或る住宅の2階の燈りからは人影が見えましたが
全く動く氣配が感じられず、不思議な光景でした。

まるでマネキンが住んでゐるかのやうです。

暗い道には、田んぼが廣がつてゐるやうで
蛙が元氣良く鳴いてゐました。思へば、大學時代
田んぼだらけの△△郡△△町大字△△字、と云ふ
町で下宿してゐたので
其のやうな風景を久し振りに見て一寸懐かしい感じすら致しました。

かう云ふ時、不安に成る人もゐるかもしれませんが
「どうにかなるさ」と云ふ氣持ちで全く不安に成る事が
ないのでした。單なる無鐵砲だと云へます。
いつの間にやら30カ國以上の國へ出掛けてしまひ、
どんな状況であつてもどうにも成らなかつた事が一度も無かつたのです。

もしもどうにも成らない事が身に起きてゐたら、私は此處に
居なかつたかと思ひますが、、、。

然し、此れが泰國
邊りの田舎町ならば
野犬がいつ現れてもをかしくないので
こんな無謀な事はしなかつた事でせう。

何故、深夜の田んぼ道へ向かつたのかと云ふと
畦道で蛙と一緒に成つて元氣良く眠ろうと云ふお話では
ありません。

先ほど、東武鐵道の南栗橋驛へ到着する直前に
車窓から巨大な箱型のビルヂング上に光るボーリングのピンを
一瞬目撃したからであります。其處は田んぼの向かう側に有りました。
恐らくは遊戲施設で、朝まで營業してゐるのに
違ひないと思つたのです。

驛から20分位はかかつたでせうか。途中、
大きな國道も横斷して
ボーリングのピンの下へ無事に辿り着きました。
早朝6時まで營業してゐるやうです。
 

←遊技場を望む

そんなわけで、日光へ向かふ途中の宿は
「ラウンドワン」と云ふ名の今までほぼ無縁の
遊戲施設に決めたのでした。

 ←普段全く縁のない場所

さて、中へ入るとゲームコーナーやカラオケ場やダーツ場など色々有りましたが、
スポーツのコーナーへ入る事にしました。
店内は廣く、受附で全く初めての旨を傳へると
何となく得意さうに店員はこと細かに
此の娯樂施設の説明を始めたのでした。

書ききれない位、色々な遊戲施設があつて
とても全部試すのは無理なので
少々遊んだらマッサアジ椅子邊りで
假眠しようかしら、と思ひました。
 

受附を濟ますと、まづ最初に「ロデオ」が有りました。
こんな深夜に一人で「ロデオ」に乘るとは如何なものかと
其処は素通りしました。
先ほど、田んぼ道を歩いて居た時は殆ど人を見掛けませんでしたが
中は結構賑はつてゐたので驚きました。
 

←乘らなかつたロデオ

結局、私が試してみたのは射撃、テニス、卓球
邊りでしたが、テニスも卓球も監獄のやうな所へ自ら入り
ひたすら機械から出てくる玉を打つと云ふ仕樣で
やればやるほど疲勞がたまり、加へて滑稽感すらある物で有りました。

そこでストレス測定を試してみると、診斷結果はずばり
「すごく疲れてやる気なし」と出ました。またコメント欄には
「ストレスレベルは5段階のうち最悪です。」と有り
今までに見た事がないやうな散々な結果なのでした。

そんな譯でスポーツを終へて
着替えを借りて、「岩盤ベッド」「カプセル式スパマシーン」
「ジェット足湯+酵素バー」
「アクアマッサージユニット」と云ふ樣なものを一通り試してみました。
「リラクゼーション」の部屋らしいのですが、人工的な慣れない機械に
圍まれては落ち着かず、妙な感覺でした。

其の部屋には結局夜通し誰も來ず、「岩盤ベッド」の上で一人
轉寢をして居りました。屋根があるのは有難い事です。

明け方に成つて、急に係員がやつて來て
「清掃します。」と告げたので、慌てて飛び起きました。
目が覺めた時には、自分が何處にゐるのか
いまいち把握出來ずに居りました。

そんなわけで、巨大遊戲施設を後にして、
早朝から再び南栗橋驛へ向けて歩き始めました。

昨晩は、全く見えなかつた緑色の田んぼが光つて見えました。

此れから一路、日光へ向けて出發です。

←早朝の風景、左上が遊戯施設

こんな所で、日光への旅【前篇】はお終ひです。

次回、【後篇】へと續きます。初めての日光はどうなりますことやら、、、。

←愛用の革トランクと共に。
 
其れでは、次回まで御機嫌よう。
 
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         日本モダンガール協會 淺井カヨ

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